それが正しいよ。ボランティアも重要ではあるけど”情報”を明確に伝えるという事はなによりも大切なことだからね。狩野も言ってたけど自分にできる事をキチンと把握して冷静に行動する事が一番大切です。
3月11日に気仙沼市の魚市場でロケ中に被災し、その後、仙台の実家で家族と再会したサンドウィッチマンの伊達みきおが、14日に約10時間をかけて車で帰京したことを報告している。
14 日に更新されたエントリー「東京に着きました」では、東京に到着したことを報告すると共に、今後は「東京で、被災した当事者として我々が出来る限りの活動をしたいと思います」。いま、東京で出来ることとして、「メディアに対し、ありのままを伝える役割をします。このブログに寄せられたコメントを生かし、全国に伝える役割をします」としている。
仙台市出身の伊達は「正直、しばらく仕事を飛ばして、仙台でボランティアやろうとも思いました」と、被災地となった地元のために活動をしようと考えたものの、「我々にしか出来ない事もあると判断」し、苦渋の決断で「ライフラインを全て失った仙台の実家をあとにして」東京へ向かったそうだ。
東京への道中では鳥取や三重、福岡から到着した救急車・消防車、いろいろな重機を積んだ自衛隊の車輌ともすれ違ったそうで、「非常に心強いです!」とも。「どうか、我々の地元・東北を救って下さい。どうか宜しくお願い致します」とさらなる支援を呼び掛けている。
また、報道で「宮城県牡鹿半島で1000体、南三陸町で1000体、山元町で1000体の遺体が見つかったって…」と伝えられていることについては、「ふざけんな。簡単に言うな」と怒りを露わ。「普段、海と仲良くしてる人達が多く住む港町が簡単に海に裏切られている。悲痛だ」と、辛い胸の内を吐露している。
2011年3月27日日曜日
2011年3月26日土曜日
「よく笑いながら言えるな」中居正広の発言に視聴者から批判の声
逆に聞きたいけどお前らが彼の立場だったらどうなんだよと言いたい。いちいち批判する人間は沸点が低いのか浅はかなのかよくわからないけどもう少し客観的に物事を捉えるべきなんじゃないかな?中居氏になんの縁も縁もないけど彼は間違っていないと思う。
こちらは紅白司会モードの中居さん
東日本大震災の影響で放送を1週間控えていた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)。放送再開から2日目の22日の番組放送中に地震が発生し、緊急速報が流れるというトラブルが起きたが、その際、番組レギュラーでもあるSMAP・中居正広が発した"ある発言"をめぐって、ネット上で論議が巻き起こっているという。
問題が起こったのは、番組が終盤に差し掛かった12時40分頃。中居がMCを務めるコーナーで画面が突然切り替わり、緊急地震速報を伝えるアナウンスが流れたのだ。速報によると、地震が確認されたのは福島県をはじめとする関東地方だが、都内ではほとんど揺れを感じなかったよう。実際、5分後には画面もスタジオに戻り 、放送が再開された。「俺が言うの?」と困惑顔の中居は「先ほど、関東地方で地震が起きました。弱いようです」と笑顔でコメント。さらに「この後『いいとも』を続けてもいいかな?」と観客に呼びかけたのだが、この態度が「不謹慎だろ」「この時期によく笑いながら地震速報が言えるな」と批判の声がネット上で紛糾。「観客を落着かせようとあえて笑いにもっていったのでは」「余震に怯えている側にすれば、あれぐらい軽く言ってくれたほうが安心する」という擁護の声もあったものの、「被災者の気持ちを考えていない」「今の時期に浅はかすぎる」との意見が多数を占めた。前日の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)生放送で被災地への想いを語り、エールを贈った姿が記憶に新しかっただけに、軽はずみな対応にショックを受けた人も多いようだ。
「2005 年の『金曜日のスマたちに』(TBS系)収録中にも、ひつまぶしを試食しているときに震度5の地震が起きたことがあったんですが、中居くんは慌てる素振りも見せずひたすら食べ続けたことがありました。出演者も観覧のお客さんもその姿にほっとして拍手が起きたぐらい。今回も中居くんなりに動揺させまいとしてあえて明るく振舞ったのかな......。でも、今の時期では不適切といわれても仕方ないかも」(30代のSMAPファン)
と、やや逆風状態の中居だが、意外にもチャリティー精神旺盛なのはファンの間で知られた話。災害が起きた際には、その地域に毎回寄付を施しているそうで、昨年1月のハイチ地震の際にも自ら郵便局へ出向いて振り込んだという。具体的な金額は明かしていないが「(現地で)どれぐらいの家が建つか分かんないけど」とラジオで語っていたことや、普段の太っ腹ぶりから、それなりの金額であることがうかがえる。
このたび、インテル所属の長友佑都、シャルケ所属の内田篤人、シュツットガルト所属の岡崎慎司らとともにSMAPとしてACジャパンのCMに出演、近日中に被災者へメッセージを贈る姿が放送されることとなっている中居。もともと注目度の高い立場である上、デリケートな時期とあっては、これまで以上に言動のひとつひとつが問われることになりそうだが、いつもの明るく元気な姿で被災地を励ましてほしい。
『新春ドラマスペシャル 味いちもんめ 2011【DVD】』
中居くんだってNHKだったら真面目にやったよ?
こちらは紅白司会モードの中居さん
東日本大震災の影響で放送を1週間控えていた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)。放送再開から2日目の22日の番組放送中に地震が発生し、緊急速報が流れるというトラブルが起きたが、その際、番組レギュラーでもあるSMAP・中居正広が発した"ある発言"をめぐって、ネット上で論議が巻き起こっているという。
問題が起こったのは、番組が終盤に差し掛かった12時40分頃。中居がMCを務めるコーナーで画面が突然切り替わり、緊急地震速報を伝えるアナウンスが流れたのだ。速報によると、地震が確認されたのは福島県をはじめとする関東地方だが、都内ではほとんど揺れを感じなかったよう。実際、5分後には画面もスタジオに戻り 、放送が再開された。「俺が言うの?」と困惑顔の中居は「先ほど、関東地方で地震が起きました。弱いようです」と笑顔でコメント。さらに「この後『いいとも』を続けてもいいかな?」と観客に呼びかけたのだが、この態度が「不謹慎だろ」「この時期によく笑いながら地震速報が言えるな」と批判の声がネット上で紛糾。「観客を落着かせようとあえて笑いにもっていったのでは」「余震に怯えている側にすれば、あれぐらい軽く言ってくれたほうが安心する」という擁護の声もあったものの、「被災者の気持ちを考えていない」「今の時期に浅はかすぎる」との意見が多数を占めた。前日の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)生放送で被災地への想いを語り、エールを贈った姿が記憶に新しかっただけに、軽はずみな対応にショックを受けた人も多いようだ。
「2005 年の『金曜日のスマたちに』(TBS系)収録中にも、ひつまぶしを試食しているときに震度5の地震が起きたことがあったんですが、中居くんは慌てる素振りも見せずひたすら食べ続けたことがありました。出演者も観覧のお客さんもその姿にほっとして拍手が起きたぐらい。今回も中居くんなりに動揺させまいとしてあえて明るく振舞ったのかな......。でも、今の時期では不適切といわれても仕方ないかも」(30代のSMAPファン)
と、やや逆風状態の中居だが、意外にもチャリティー精神旺盛なのはファンの間で知られた話。災害が起きた際には、その地域に毎回寄付を施しているそうで、昨年1月のハイチ地震の際にも自ら郵便局へ出向いて振り込んだという。具体的な金額は明かしていないが「(現地で)どれぐらいの家が建つか分かんないけど」とラジオで語っていたことや、普段の太っ腹ぶりから、それなりの金額であることがうかがえる。
このたび、インテル所属の長友佑都、シャルケ所属の内田篤人、シュツットガルト所属の岡崎慎司らとともにSMAPとしてACジャパンのCMに出演、近日中に被災者へメッセージを贈る姿が放送されることとなっている中居。もともと注目度の高い立場である上、デリケートな時期とあっては、これまで以上に言動のひとつひとつが問われることになりそうだが、いつもの明るく元気な姿で被災地を励ましてほしい。
『新春ドラマスペシャル 味いちもんめ 2011【DVD】』
中居くんだってNHKだったら真面目にやったよ?
2011年3月25日金曜日
KARA活動無期限延期!? 「新韓流」の終焉か
別にいいんじゃないかな?日本人は韓国、韓国と飛びつきすぎで自分たちの文化が廃れてきている事を見てみない振りしているもんね。もう少し自分たちの文化の発展を優先すべきなんじゃないかな?相撲しかり音楽しかり・・・。
中央日報が23日、KARAや少女時代などのK-POPグループが日本での活動を無期限延期すると報じた。韓国最大手の芸能事務所SMエンターテインメントが10万人の観客動員を見込んでいた東京ドームでの大規模コンサート「SMTOWN LIVE in TOKYO SPECIAL EDITION公演」を延期したこと、少女時代3枚目のシングル「Mr.Taxi」とそれに伴うアリーナツアーの予定も日本側と協議していることを合わせ、地震を受け、活動よりも追悼が先だというニュアンスの記事になっている。しかしこれを受け、ネット上では「新韓流」ブームが終焉を迎えるのではないかという声も上がり始めた。
特にKARAは、震災以前から続く解散騒動の渦中であり、ユニバーサルミュージックとの「2012年夏まで日本で活動する」という契約が取り交わされているとの情報からも、今回のこの活動無期限延期の期間には「2012年夏」が含まれた「日本撤退」の意味合いも含まれるのでは? と推測する芸能関係者もいるが......。
「確かにその可能性は否定できません。KARAに関しては解決しなければならない問題がいろいろありますからね。もし仮にすべての問題がクリアになったとしても、『グループ間の仲たがい』というまことしやかな情報が流れたグループを、今までと変わらず応援できるかと言われれば......、ですよね。どちらにせよ、日本全体がエンタテインメント業界に対して過敏になっている今、しばらく最前線から離れるという決断は間違いではないと思いますし、なにより韓国出身のタレントは日本にそれほど固執してないかもしれませんよ」
(芸能関係者)
2001年に第44回レコード大賞金賞を受賞したBoAは、08年からはアメリカでの活動も開始し、韓国、日本、アメリカと時期により主軸を置く場所を変えている。音楽における市場規模の違いから韓国が日本へ進出していることを考えれば、日本でK-POPブームを巻き起こした実績と成功へと導いたビジネススキームをアメリカで活かすことも十分考えられる。今回、活動無期限延期の騒動に上ったK-POPアイドルたちも、日本の状況が落ち着いてから、本当に今までのように日本で活動再開するのか注目される。
中央日報が23日、KARAや少女時代などのK-POPグループが日本での活動を無期限延期すると報じた。韓国最大手の芸能事務所SMエンターテインメントが10万人の観客動員を見込んでいた東京ドームでの大規模コンサート「SMTOWN LIVE in TOKYO SPECIAL EDITION公演」を延期したこと、少女時代3枚目のシングル「Mr.Taxi」とそれに伴うアリーナツアーの予定も日本側と協議していることを合わせ、地震を受け、活動よりも追悼が先だというニュアンスの記事になっている。しかしこれを受け、ネット上では「新韓流」ブームが終焉を迎えるのではないかという声も上がり始めた。
特にKARAは、震災以前から続く解散騒動の渦中であり、ユニバーサルミュージックとの「2012年夏まで日本で活動する」という契約が取り交わされているとの情報からも、今回のこの活動無期限延期の期間には「2012年夏」が含まれた「日本撤退」の意味合いも含まれるのでは? と推測する芸能関係者もいるが......。
「確かにその可能性は否定できません。KARAに関しては解決しなければならない問題がいろいろありますからね。もし仮にすべての問題がクリアになったとしても、『グループ間の仲たがい』というまことしやかな情報が流れたグループを、今までと変わらず応援できるかと言われれば......、ですよね。どちらにせよ、日本全体がエンタテインメント業界に対して過敏になっている今、しばらく最前線から離れるという決断は間違いではないと思いますし、なにより韓国出身のタレントは日本にそれほど固執してないかもしれませんよ」
(芸能関係者)
2001年に第44回レコード大賞金賞を受賞したBoAは、08年からはアメリカでの活動も開始し、韓国、日本、アメリカと時期により主軸を置く場所を変えている。音楽における市場規模の違いから韓国が日本へ進出していることを考えれば、日本でK-POPブームを巻き起こした実績と成功へと導いたビジネススキームをアメリカで活かすことも十分考えられる。今回、活動無期限延期の騒動に上ったK-POPアイドルたちも、日本の状況が落ち着いてから、本当に今までのように日本で活動再開するのか注目される。
2011年3月24日木曜日
石野卓球を"ピンポンさん"......『徹子の部屋』での相変わらずの徹子ぶり
テレビ番組も続々復帰し始めたけど、まだまだ安心は出来ないのが現状だろう。実際いつ関東全域が震災に見舞われるかなんて誰にもわからない。今回は仙台が津波の被害をモロに喰らってしまった。とにかくいついかなる時も行動をできるように心がけよう。
徹子ワールドをハイライトでお届けし
ます
11日に発生した東日本大震災後から、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)の放映が再開されたのは、16日の大竹しのぶがゲストの回から。その後、五月みどり、ピエール瀧ときて、週が変わって22日までに森三中、青木さやかという顔ぶれが続いた。
震災後の放送後も、『徹子の部屋』はどの日も、いつもの通りの『徹子の部屋』だった。おそらく今のところすべて震災前の収録なのだろうから、当たり前といえば当たり前だが。たとえば、東京ガスのCMで演じた「信長」が徹子的にお気に入りらしい、ピエール瀧とのやりとり。
徹子「電気グルーヴ、"グループ"じゃないのね」
瀧「ウに点があるやつで、"ヴ"」
徹子「ヴ、なんですね」
2人で"ヴ"、"ヴ"とだけ繰り返すやり取りがあったかと思えば、徹子から突然の攻撃が。
「ピンポンさん、上に乗っかってるピンポンさんは......」
ピンポンさん。そう、電気グルーヴ・石野卓球のことである。卓球も自分がいないところでまさか「ピンポンさん」呼ばわりとは、思ってもみなかったのではないだろうか。このあたりのまったく予測不能の角度からの攻撃はさすがである。
続いて21日ゲストの森三中には、黒沢ワールドを徹子ワールドが駆逐する。黒沢が、「家でラップ現象が起こるんです」と言えば、徹子はこう言った。
「踊っちゃうの?」
ラップ違いだ、徹子さん。さらに黒沢は、徹子の好物だというチャプチェをお題に、即興で歌を作ることを求められ、歌いはじめた。
「♪甘い感じ~のチャプチェの歌〜この先どうなるのかぁ~ アナタが口にした~もの~それは何~? ♪右手にチャプチェ持ち~左手にワ~イン それを全部投げ捨てたぁ~怒られたぁ~......」
めいっぱい歌い上げた後のスタジオの空気に黒沢が一言。
「スベるってこういうことだな、と」
思わず黒沢も素に。でも徹子本人は即興芸に感心したよ。
そして、結婚・出産・育児と、幸せを手にしたことで芸人としての何かを失い迷走中、みたいなことを愚痴る青木さやか(22日放送)。「どこ見てんのよ!」と言うお決まりのフレーズを放つテンションになれず、「見てもいいのよ」という新ワードを考え中だと徹子に相談。すると徹子から新提案が。
「分かった。"見たきゃ見れば!?"、ってのどう?」
このアイデアに、「悪くないです」と返す青木。そして、全力での「見たきゃ見れば!?」を青木にお試しでやら「ものすごくアナタらしくなくて面白いんじゃないかしら」
どのゲストとのやり取りも、震災前と変わらない。すべてがいつもと同じ『徹子の部屋』だ。何も変わらない徹子がいる日常、それだけでもなんか、ちょっとほっとした気持ちになれる。ありがたかった。
ユニセフ親善大使としてもよく知られている徹子さん、16日にはこんなあたたかいメッセージを発表している。
「大人でさえ耐えがたい状況の下で、被害を体験したり見聞きしたりした子どもたちは今、非常に大きなストレスを抱えています。(中略)子どもたちを抱きしめて、優しく声をかけてあげてください」
これからの放送も、具志堅用高、木下優樹菜、木梨憲武と、気になるラインナップが続く。おそらく近日中には震災後の収録分が放送されることと思うが、徹子さんのことだけに、きっとますます日本中が温かくなって、笑える『徹子の部屋』であることと思います。せてみた後で、徹子の感想。
徹子ワールドをハイライトでお届けし
ます
11日に発生した東日本大震災後から、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)の放映が再開されたのは、16日の大竹しのぶがゲストの回から。その後、五月みどり、ピエール瀧ときて、週が変わって22日までに森三中、青木さやかという顔ぶれが続いた。
震災後の放送後も、『徹子の部屋』はどの日も、いつもの通りの『徹子の部屋』だった。おそらく今のところすべて震災前の収録なのだろうから、当たり前といえば当たり前だが。たとえば、東京ガスのCMで演じた「信長」が徹子的にお気に入りらしい、ピエール瀧とのやりとり。
徹子「電気グルーヴ、"グループ"じゃないのね」
瀧「ウに点があるやつで、"ヴ"」
徹子「ヴ、なんですね」
2人で"ヴ"、"ヴ"とだけ繰り返すやり取りがあったかと思えば、徹子から突然の攻撃が。
「ピンポンさん、上に乗っかってるピンポンさんは......」
ピンポンさん。そう、電気グルーヴ・石野卓球のことである。卓球も自分がいないところでまさか「ピンポンさん」呼ばわりとは、思ってもみなかったのではないだろうか。このあたりのまったく予測不能の角度からの攻撃はさすがである。
続いて21日ゲストの森三中には、黒沢ワールドを徹子ワールドが駆逐する。黒沢が、「家でラップ現象が起こるんです」と言えば、徹子はこう言った。
「踊っちゃうの?」
ラップ違いだ、徹子さん。さらに黒沢は、徹子の好物だというチャプチェをお題に、即興で歌を作ることを求められ、歌いはじめた。
「♪甘い感じ~のチャプチェの歌〜この先どうなるのかぁ~ アナタが口にした~もの~それは何~? ♪右手にチャプチェ持ち~左手にワ~イン それを全部投げ捨てたぁ~怒られたぁ~......」
めいっぱい歌い上げた後のスタジオの空気に黒沢が一言。
「スベるってこういうことだな、と」
思わず黒沢も素に。でも徹子本人は即興芸に感心したよ。
そして、結婚・出産・育児と、幸せを手にしたことで芸人としての何かを失い迷走中、みたいなことを愚痴る青木さやか(22日放送)。「どこ見てんのよ!」と言うお決まりのフレーズを放つテンションになれず、「見てもいいのよ」という新ワードを考え中だと徹子に相談。すると徹子から新提案が。
「分かった。"見たきゃ見れば!?"、ってのどう?」
このアイデアに、「悪くないです」と返す青木。そして、全力での「見たきゃ見れば!?」を青木にお試しでやら「ものすごくアナタらしくなくて面白いんじゃないかしら」
どのゲストとのやり取りも、震災前と変わらない。すべてがいつもと同じ『徹子の部屋』だ。何も変わらない徹子がいる日常、それだけでもなんか、ちょっとほっとした気持ちになれる。ありがたかった。
ユニセフ親善大使としてもよく知られている徹子さん、16日にはこんなあたたかいメッセージを発表している。
「大人でさえ耐えがたい状況の下で、被害を体験したり見聞きしたりした子どもたちは今、非常に大きなストレスを抱えています。(中略)子どもたちを抱きしめて、優しく声をかけてあげてください」
これからの放送も、具志堅用高、木下優樹菜、木梨憲武と、気になるラインナップが続く。おそらく近日中には震災後の収録分が放送されることと思うが、徹子さんのことだけに、きっとますます日本中が温かくなって、笑える『徹子の部屋』であることと思います。せてみた後で、徹子の感想。
2011年3月23日水曜日
キツーイ皮肉、たけし節全開に「よく言った」の声相次ぐ
本当だよ。日本の政治家なんて国民の代表って言っておきながら、結局自分で危険に飛び込まないじゃんか。
それよりも腹が立つのは火事場泥棒だ。撃ち殺して良いにはまったくもって同意です。
週明けからテレビが落ち着きを取り戻し始め、大物タレントが帰ってきた。
毒舌とともに復活したのは、ビートたけし(64)。TBS系「情報7days ニュースキャスター」(19日夜)で、たけし節を全開。
「死体から何かとったり空き巣に入ったりさ、ああいうの撃ち殺していい」
「わざとらしいのはさ、国会議員がジャンパー着てるけど何の役にたつのアレ。だったら現地行けっていうんだよね」
「コンビニまわって物がないの確認してどうすんだってね。みんな知ってるよ! 襟立てたりなんかしてね。そりゃ宝塚だろ!」
国会議員の名前こそ出さなかったが、17日に作業着姿で、“買いだめ”が問題となった都内のコンビニエンスストアを視察した蓮舫消費者担当相に向けたキツーイ皮肉だとみられ、インターネット上では、「さすがたけし! よく言った」の声が相次いでいた。
それよりも腹が立つのは火事場泥棒だ。撃ち殺して良いにはまったくもって同意です。
週明けからテレビが落ち着きを取り戻し始め、大物タレントが帰ってきた。
毒舌とともに復活したのは、ビートたけし(64)。TBS系「情報7days ニュースキャスター」(19日夜)で、たけし節を全開。
「死体から何かとったり空き巣に入ったりさ、ああいうの撃ち殺していい」
「わざとらしいのはさ、国会議員がジャンパー着てるけど何の役にたつのアレ。だったら現地行けっていうんだよね」
「コンビニまわって物がないの確認してどうすんだってね。みんな知ってるよ! 襟立てたりなんかしてね。そりゃ宝塚だろ!」
国会議員の名前こそ出さなかったが、17日に作業着姿で、“買いだめ”が問題となった都内のコンビニエンスストアを視察した蓮舫消費者担当相に向けたキツーイ皮肉だとみられ、インターネット上では、「さすがたけし! よく言った」の声が相次いでいた。
2011年3月22日火曜日
タカトシ、友近、河本、エハラがカラオケ全国1位狙う
昨日放送のこれを一応録画しておきましたけど実際に見る気にはならないですね。お試しか!の昔のSPのやつを見たけどかなり面白かったですね。あの頃に戻ってもらいたいですな。
明日3月21日(月)の「お試しかっ!」(テレビ朝日・ABC系)で「カラオケで全国1位にならないといけま店」が放送される。
この企画では、カラオケ大好き芸人たちが通信カラオケのランキング全国1位を目指して次々に熱唱。10時間の制限時間内に1位になることができなければ、チャレンジ失敗となる。
出演者はタカアンドトシをはじめ、友近、次長課長・河本、エハラマサヒロといった歌うま芸人たち。果たして制限時間内に全国の猛者を倒して1位になることはできるのか。
さらに助っ人としてMAXも登場し、ヒット曲「Ride on time」で1位を狙う。彼らの美声をぜひ堪能しよう。
お試しかっ!
テレビ朝日・ABC系 2011年3月21日(月) 19:00 ~ 19:55
<出演者>
MC:タカアンドトシ
ゲスト:次長課長・河本 / 友近 / エハラマサヒロ / MAX
明日3月21日(月)の「お試しかっ!」(テレビ朝日・ABC系)で「カラオケで全国1位にならないといけま店」が放送される。
この企画では、カラオケ大好き芸人たちが通信カラオケのランキング全国1位を目指して次々に熱唱。10時間の制限時間内に1位になることができなければ、チャレンジ失敗となる。
出演者はタカアンドトシをはじめ、友近、次長課長・河本、エハラマサヒロといった歌うま芸人たち。果たして制限時間内に全国の猛者を倒して1位になることはできるのか。
さらに助っ人としてMAXも登場し、ヒット曲「Ride on time」で1位を狙う。彼らの美声をぜひ堪能しよう。
お試しかっ!
テレビ朝日・ABC系 2011年3月21日(月) 19:00 ~ 19:55
<出演者>
MC:タカアンドトシ
ゲスト:次長課長・河本 / 友近 / エハラマサヒロ / MAX
2011年3月21日月曜日
DVD「人志松本の○○な話」が発売するぜ!
実はボクはこれを予約しといたんですよね。早くみたいな。でも中にはあんまし面白くない話も入ってるから好みは分かれるかもしれないです。僕はとくにゾッとする話が大好きで、島田の橋の話はマジで怖かったな。うんうん
明後日3月9日にDVD「人志松本の○○な話 誕生編~前期~」が発売される。
同DVDには、2009年4月から9月に放送された火曜深夜版「○○な話」を収録。66人の芸人による、171の○○な話をDVD3枚にわたって約8時間も堪能することができる。
3枚のDVDには、それぞれ7回分ずつの放送回が収められており、DISC1には、サバンナ八木、バカリズム、オードリー若林らの「ゆるせない話」と、よゐこ有野、アンジャッシュ渡部、ブラックマヨネーズ小杉らの「好きなものの話」を収録。DISC2には、オセロ松嶋や野性爆弾ロッシーらの「ためになる話」、TKO木下やいとうあさこらの「ゾッとする話」など、DISC3には、山崎邦正やもう中学生らによる「夏休みの話」などが入っている。さらに、未公開のオープニングやエンドトークも見ることができるという豪華な内容だ。
完全版の新しい物語を披露する時が遂に来たのかも知れませんね!
明後日3月9日にDVD「人志松本の○○な話 誕生編~前期~」が発売される。
同DVDには、2009年4月から9月に放送された火曜深夜版「○○な話」を収録。66人の芸人による、171の○○な話をDVD3枚にわたって約8時間も堪能することができる。
3枚のDVDには、それぞれ7回分ずつの放送回が収められており、DISC1には、サバンナ八木、バカリズム、オードリー若林らの「ゆるせない話」と、よゐこ有野、アンジャッシュ渡部、ブラックマヨネーズ小杉らの「好きなものの話」を収録。DISC2には、オセロ松嶋や野性爆弾ロッシーらの「ためになる話」、TKO木下やいとうあさこらの「ゾッとする話」など、DISC3には、山崎邦正やもう中学生らによる「夏休みの話」などが入っている。さらに、未公開のオープニングやエンドトークも見ることができるという豪華な内容だ。
完全版の新しい物語を披露する時が遂に来たのかも知れませんね!
2011年3月20日日曜日
解散もやむなしってか!? 芸能界の老舗「石原プロ」が自転車操業
今までのつけが廻ってきたって事なんでしょうね。それはそれで仕方ないことなんじゃないかな?正直現代社会での需要は少ないと思います。俳優にしても日本の連中は棒読みの奴等ばっかりで大根ばかり。これでは先が思いやられるッス
DVD『西部警察スペシャル』
かつては国民的大スターの故・石原裕次郎さんが率い、現在は渡哲也が社長を務める「石原プロモーション」。今後事業を縮小していくという。
「一部週刊誌が3月解散という話をつかみ、裕次郎さん亡き後に同プロの実質的トップの1人にあたる小林正彦専務に取材したところ、小林専務は『解散はしませんが、商売としては今後縮小してゆく』と事業の縮小を認めました」(芸能プロ関係者)
その背景として、かつてに比べてのタレント数の大幅な減少や、小林専務と裕次郎さんの未亡人・石原まき子さんとの確執がささやかれている。
「テレビ朝日系で本格的なアクション刑事ドラマ『西部警察』が大ヒットしたころは、寺尾聰、峰竜太、石原良純らと所属タレントも多かったんですが、現在はわずか7人。渡、舘ひろし、神田正輝は高齢化し、後継者としてオーディションで獲得した徳重聡は伸び悩んでいます。また、2年前に国立競技場で開催された裕次郎さんの二十三回忌法要が終わったあと、まき子さんが『あの人(小林専務)はいつまでパパの名前で商売するのか? もうそろそろやめてほしいんだけど......』と周囲に漏らしていたんですよ。あの大法要にかかった費用は30億円とも言われていますが、小林専務があのイベントのために、事務所が貯めてきた"埋蔵金"をパッーっと使い切ってしまったから、事務所はもはや"自転車操業"状態だとか」(同)
何よりも、同プロの経営が傾いた最大の要因は金だったようだ。
「2003年の裕次郎さんの十七回忌法要のイベントでは、メインスポンサーが宝酒造、オートバックス、武富士で、当時3社は多大なるバックアップをしていました。毎年、事務所の新年会でお年玉を配るのと、熱海での盛大な納会が恒例行事でした。ところが、武富士がさまざまな問題で経営不振に陥ったためスポンサーを離れ、ほかの2社からのバックアップも縮小されてしまったため、莫大な資金が必要な映画製作が不可能になってしまいました。ドラマを自社で企画・制作することもままならなくなってしまったとか」(ドラマ制作関係者)
石原プロが企画・制作を手がけたドラマにはこんなエピソードがあったという。
「石原プロのドラマとテレビ朝日は昔から繋がりが深いですが、テレ朝は石原プロの最大限のわがままを聞いてきました。通常ではドラマのギャラは後払いなんですが、石原プロのドラマの場合は放送開始前には振り込まれていて、金額も通常のギャラ相場より1割ほどアップしている。
DVD『西部警察スペシャル』
かつては国民的大スターの故・石原裕次郎さんが率い、現在は渡哲也が社長を務める「石原プロモーション」。今後事業を縮小していくという。
「一部週刊誌が3月解散という話をつかみ、裕次郎さん亡き後に同プロの実質的トップの1人にあたる小林正彦専務に取材したところ、小林専務は『解散はしませんが、商売としては今後縮小してゆく』と事業の縮小を認めました」(芸能プロ関係者)
その背景として、かつてに比べてのタレント数の大幅な減少や、小林専務と裕次郎さんの未亡人・石原まき子さんとの確執がささやかれている。
「テレビ朝日系で本格的なアクション刑事ドラマ『西部警察』が大ヒットしたころは、寺尾聰、峰竜太、石原良純らと所属タレントも多かったんですが、現在はわずか7人。渡、舘ひろし、神田正輝は高齢化し、後継者としてオーディションで獲得した徳重聡は伸び悩んでいます。また、2年前に国立競技場で開催された裕次郎さんの二十三回忌法要が終わったあと、まき子さんが『あの人(小林専務)はいつまでパパの名前で商売するのか? もうそろそろやめてほしいんだけど......』と周囲に漏らしていたんですよ。あの大法要にかかった費用は30億円とも言われていますが、小林専務があのイベントのために、事務所が貯めてきた"埋蔵金"をパッーっと使い切ってしまったから、事務所はもはや"自転車操業"状態だとか」(同)
何よりも、同プロの経営が傾いた最大の要因は金だったようだ。
「2003年の裕次郎さんの十七回忌法要のイベントでは、メインスポンサーが宝酒造、オートバックス、武富士で、当時3社は多大なるバックアップをしていました。毎年、事務所の新年会でお年玉を配るのと、熱海での盛大な納会が恒例行事でした。ところが、武富士がさまざまな問題で経営不振に陥ったためスポンサーを離れ、ほかの2社からのバックアップも縮小されてしまったため、莫大な資金が必要な映画製作が不可能になってしまいました。ドラマを自社で企画・制作することもままならなくなってしまったとか」(ドラマ制作関係者)
石原プロが企画・制作を手がけたドラマにはこんなエピソードがあったという。
「石原プロのドラマとテレビ朝日は昔から繋がりが深いですが、テレ朝は石原プロの最大限のわがままを聞いてきました。通常ではドラマのギャラは後払いなんですが、石原プロのドラマの場合は放送開始前には振り込まれていて、金額も通常のギャラ相場より1割ほどアップしている。
2011年3月19日土曜日
「性接待は100回以上」…自殺した女優の直筆手紙を公開=韓国
現実は厳しいという事なのでしょうか。そこまで追い詰められるのは仕方ないとして、それを受け入れた自分をどこか別人として捕らえていませんか?拒否する事は不可能ではなかったはず。それをできなかったのは本人の弱さなのでしょうか?
韓国のSBS放送が6日、性接待を苦に2009年に自殺した韓国の女優チャン・ジャヨンさんの直筆手紙を入手したと報道、一部内容を公開した。手紙では性接待を強いられた人数と職業などが詳しく記されており、韓国で再び大きな波紋を呼び始めた。韓国メディアはこぞって同話題を取り上げている。
韓国芸能界の性接待を暴露して自殺したジャン・ジャンさんの事件は、2010年11月にすでに終結された。所属事務所の代表だったキム容疑者については証拠が不十分だとして性強要罪は認められず、リストにあった20人も全員不起訴処分となった。
SBS放送が入手した知人宛ての手紙は2005年から自殺直前までの計50通、230ページに及ぶ。「性接待をしたのは31人、計100回以上」、「親の命日も接待を強要された」、「芸能界、大企業、金融界、マスコミなどの関係者」などと、衝撃的な内容が綴られているという。
チャンさんは手紙で「接待から逃れる方法がない」とし、性接待を強要した相手を「悪魔」と呼び、「リストを作った。私が死んだら復讐(ふくしゅう)してください」と訴えていた。SBS放送は「無名の新人女優に性接待を強要した芸能界の醜(みにく)い姿」と批判した。
SBS放送が専門家に依頼して鑑定を行った結果、手紙はチャンさんの直筆であることが判明。しかし、警察は公開された手紙がチャンさんの直筆なのか、そしてなぜ今になって公開されたか、事実関係とともに詳しい経緯について調査を開始した。(編集担当:金志秀)
韓国のSBS放送が6日、性接待を苦に2009年に自殺した韓国の女優チャン・ジャヨンさんの直筆手紙を入手したと報道、一部内容を公開した。手紙では性接待を強いられた人数と職業などが詳しく記されており、韓国で再び大きな波紋を呼び始めた。韓国メディアはこぞって同話題を取り上げている。
韓国芸能界の性接待を暴露して自殺したジャン・ジャンさんの事件は、2010年11月にすでに終結された。所属事務所の代表だったキム容疑者については証拠が不十分だとして性強要罪は認められず、リストにあった20人も全員不起訴処分となった。
SBS放送が入手した知人宛ての手紙は2005年から自殺直前までの計50通、230ページに及ぶ。「性接待をしたのは31人、計100回以上」、「親の命日も接待を強要された」、「芸能界、大企業、金融界、マスコミなどの関係者」などと、衝撃的な内容が綴られているという。
チャンさんは手紙で「接待から逃れる方法がない」とし、性接待を強要した相手を「悪魔」と呼び、「リストを作った。私が死んだら復讐(ふくしゅう)してください」と訴えていた。SBS放送は「無名の新人女優に性接待を強要した芸能界の醜(みにく)い姿」と批判した。
SBS放送が専門家に依頼して鑑定を行った結果、手紙はチャンさんの直筆であることが判明。しかし、警察は公開された手紙がチャンさんの直筆なのか、そしてなぜ今になって公開されたか、事実関係とともに詳しい経緯について調査を開始した。(編集担当:金志秀)
2011年3月18日金曜日
サンドウィッチマン会見での一問一答全文
今回の震災において本当の意味での痛みを理解できているのは彼らだと思う。GAKUTも義援金の開設をしたけど両者が協力し合えばもっと良いと思うんだけどなあ?その辺は考えなかったのだろうか?
本日3月16日、東日本大震災を受けてサンドウィッチマンが都内で会見を開き、義援金口座の開設とチャリティライブの開催決定を発表した。
以下に、会見での一問一答を全文掲載する。
サンドウィッチマン一問一答
伊達:僕らは東北放送という仙台のテレビ局の番組のロケ中だったんですけれども、スタッフの指示が的確だったため山のほうへ逃げまして、そのおかげで奇跡的に助かったと思っております。僕らの地元がこんなことになっておりまして、諸先輩方、(島田)紳助さんはじめ、(笑福亭)鶴瓶師匠、(間)寛平師匠、京本政樹さんとか渡辺徹さんとか、いろんな芸人の僕らの先輩方が「お前ら先頭切ってアクション起こせ」ということで、今回こうやって義援金をみなさんにご協力いただこうと、会見させていただきました。
──どのあたりの海岸で、どのあたりに逃げたのですか?
伊達:気仙沼湾です。ロケが終わってロケバスに乗り込もうとしたところで、でっかい地震がありました。立っていられない状況で、水の上に立っているような状況でした。でっかい地震は何度か経験してますけど、あんな地震は初めて。2分くらいその状況が続いて、そのあと建物からいっぱい人が出てきてガラスが割れる音がして、悲鳴がいっぱい聞こえて、気仙沼市のサイレンが鳴りまして。「津波の恐れがあるから、ただちに高台に逃げてください」と。それで僕らも慌てて逃げたんですけど、僕らは助かった。僕らはその地震の3分くらい前にはお土産屋さんとかにいて、そこには車椅子の人やお年寄りもいました。その人達がちゃんと逃げていればいいなって、ずっと今でも思ってます。
──高台ですか?
富澤:安波山という山です。
伊達:200メートルちょっとの山の、五合目まで車で逃げました。その時点で気仙沼の人は安波山に逃げるというのがある程度頭にはあったのでしょうけど、渋滞してたんで、山に着いたのは約15分後。
──津波の速さは?
伊達:僕らは山の上から見ることしかできなかったんですけども、全部見てます。海の向こう側に白い波が見えまして「あれはなんなんだ」と。50人くらい山の上にいたんですけど、みなさん津波なんて見たことありませんから。
富澤:水平線の上に、白い壁みたいな波が見えて。
伊達:もしかしたらあれが津波なんじゃないかと。ずっと見てたらだんだん近づいてきまして。オイルタンクをまず倒して、そのまま陸の方に近づいていって。陸に波が来てから、波の速さというのがものすごく速くて。
あっという間に民家を倒して、船が陸に乗りあげて。すごい光景を目の当たりにしました。
──まだ高台の下に人はいました?
伊達:いましたいました。
──その人達は飲み込まれた?
伊達:そういうことですね。僕はそう思いました。
──どのくらいの人数が?
伊達:砂煙がとにかくすごいんですね。瓦礫の煙というか。まずそれにビックリするんですね。「なんだこの煙は」と。なので、車とかで逃げようとしてる人とかいましたけど、あんなでっかい津波が来るとは思わないですから、いくら津波のことを常に頭に置いている沿岸の人でも、そこまでの津波が来るとは思わない。ちょっと僕らは「これが現実なのかどうか」ってわからなくなるくらいの状況でした。
──時間はどのくらい?
伊達:山の上についてから約10分。遠くからの波が、ゆっくりな感じで見えるんですけど、実はそのスピードってものすごく速くて。陸に上がってからのスピードはものすごく感じましたね。
──高台の上に人は?
伊達:いました。車も多くて、だいたい100人から150人くらいは集まってました。
──義援金を集めることにした経緯は?
伊達:もちろん僕らの地元というのもありますし、たまたま気仙沼でロケをしていて、そういう光景を見まして、毛布一枚で夜を明かしましたし、すごく近くにいたんですね。なので、僕らはこうして無事でいますけど、なにかできることはないのかなって考えたときに、今は募金しかないと思うんです。「笑いを届ける」とか、したいんですけども、それはまだ今は違うかな、と。
──チャリティライブについて。
伊達:それも今は、まだ日にちが決まったというだけの段階なんですけど。
富澤:場所とかメンバーは確定してないです。
伊達:僕らの仕事というのは芸人なんで。ネタやって、それを見てもらって、義援金をいただいて、それを送り届ける、という手段は僕らにしかできないですから。
──日にちは?
伊達:4月9日です。
──会場は?
伊達:まだ決まっていないです。
──お2人以外に出演者は?
伊達:一応声かけしてるのは、気仙沼出身のマギー審司さんはじめ、狩野英孝など、僕らの呼びかけで集まってくれる人にお願いします。マギーさんからは「ぜひやりましょう」と言ってもらっています。
──お笑い芸人以外には?
伊達:まだ本格的に僕らもそっちに動くことはできないので。呼びかけしてる段階なので。歌手が誰が来るとかはわからない。言えば何人か来てくれるはずです。
──チャリティライブのきっかけは?
伊達:僕らにできることは、ライブで人を集めること。その人たちから協力してもらう。僕らのできる道っていうのはライブなのかな、って思ったんです。
──お2人の仙台市内の実家はどんな状況ですか?
伊達:実家にも我々行きましたけれども、ライフラインはすべてストップ。今は復旧しているみたいですけど、当時はロウソク1本で家族で暮らしてました。ただ、沿岸ではなく中心部なので。僕らは津波の被害を見ているので、比較的そのへんは安心しました。
──屋根が潰れたりなどの被害は?
伊達:瓦が庭に散乱してたり、というのはあります。
──友人や知人に犠牲になった人は?
伊達:犠牲になってるかどうかはまだわからないですけど、連絡がつかない。無事だと思います。そういうふうに思いたいです。
──どのくらいの時間、避難していましたか?
伊達:登ってきた道が通行止めになったものですから、降りることができなかったんです。しばらく真っ暗な中。で、スタッフが車が通れる道を歩いてずっと探してくれまして。本当にすごく細い山の道、車一台やっと通れるような道を地元の人に「そこだったら通れるよ」と教えてもらって。
──暗闇になってからの心境は?
伊達:怖かったですね。真っ暗な中で津波の波が見えない状況で。常に揺れてますし。5分おきに余震が震度4とか5とか来てましたし。「津波が来るんじゃないかな」と思っても津波が見えない。ただ、燃えてたんですね、街が。だから、オレンジ色がすごく見えるんですね。真っ暗じゃないといえば真っ暗じゃない。ただ黒煙がすごくて。街の状況を見渡せる状況ではなかった。
──仙台を離れて東京に戻るときの気持ちは?
伊達:僕は仕事を全部すっ飛ばして、仙台に残ってボランティアしたかった。東京に戻っていいのかな、とすごく思いました。
──どんな会場でライブをやりたい?
伊達:できるところだったら、どこでもいいです。
──地震に遭ったその瞬間はロケ中だったんですか?
伊達:カメラはもう回っていませんでした。ロケが終わってロケバスに向かって歩いているところでの地震で、駐車場にいました。
──地震の予兆は?
伊達:なかったですね。僕は1時間前に気仙沼の祝崎というところでロケをやってまして、そこの写真をブログにあげてるんですけど。すごくきれいな水平線で、今はそこがどうなってるのかわからないんですけど、そんな大震災になる予兆ってのはなかったです。
──避難した山の上からロケ現場は見えた?
伊達:さっきまでいた駐車場は見えました。
──津波が来ないままそこにずっといたら、津波にお2人は飲み込まれていた?
伊達:もう間違いなく。だから僕らは、奇跡なんですよね。スタッフの指示がすごく的確だった。僕らは気仙沼のことをそんなに詳しくは知らないですから。街中のほうに逃げた人とか、ビルの2階に逃げた人もいっぱいいますし。僕らがそっちに逃げていたら、そうですね。
──地震のあと、お2人はブログをすぐ更新されました。ファンからのコメントなどは大きな支えになりますか?
伊達:僕らにももちろん支えになりますし、コメントを見ている被災者の方もいっぱいいますし。僕らのブログに寄せられているコメントには、今いちばんみなさんに読んでいただきたいことが書かれています。救助要請も書かれていますし。僕ら気仙沼でそうだったんですけど、通話もできない、メールもできない、ただブログのサイトには行ける、という状況だったんです。だからブログで僕らは無事を知らせましたし。今被災地で孤立している人たち、通話もできない、メールもできない人でも、ブログは載せられる、という人も中にはすごくいると思うんです。もしかしたら僕らのブログのコメントが救助要請の中でいちばん速いのかも知れないです。そこを見ていただけたら。
──富澤さんがブログで街中が燃えている様子を動画でいち早く中継されていました。その場にいない人たちにいち早く気づいてもらう、という考えもありましたか?
伊達:気仙沼は情報がシャットアウトされているわけで、いちばんひどいのが気仙沼だってしばらく思っていました。ただ気仙沼と同じ状態の街がいっぱいあったんで、それはすごくビックリしました。それよりひどいところもありましたし。
富澤:東北放送の人が、撮影はできてるんですけど、素材を届ける術がなかったので、まずはブログをアップして、という感じでした。
──芸能界の先輩から「アクションを起こせ」と言われたそうですが、具体的には?
伊達:紳助さんからは「お前らが動かないとダメだ。お前らが動いたら協力する人いっぱいいるから、そしたら俺らは何でもするよ」と。昨日アッコさん(和田アキ子)からも電話いただきまして「行くときは私も行くし」と、すごく心強いことを言ってもらえました。小朝師匠からも「落語家いっぱい集めてチャリティライブやるから、サンドウィッチマン出てくれ」と。
僕からも「わかりました」と。それは日にちはまだわからないですけど。とにかくたくさんの人から、連絡先がわかる人からは全員いただきました。
──富澤さんのほうには?
富澤:僕のほうにもアッコさんから泣きながら電話が来て「何したらいいかわからんから教えてくれ」というのもありましたし、「もし行けというのなら私も行くし」と。あとスキマスイッチの(常田)真太郎っていうのも友達なんですけど、「いま自分にできることはたぶん歌うことしかないんで。YouTubeにアップするから」というのもありました。
──アッコさんは泣きながら?
富澤:「見ていて辛い」と。
──伊達さんの着ている「東北魂」というTシャツには、どんなメッセージが?
伊達:このTシャツは僕らの単独ライブで作ったTシャツなんです。今年単独ライブをやりまして、そのグッズなんです。僕がすごく好きな言葉なんですけれども。東北楽天イーグルスもこの言葉を掲げて野球をやっているんですけれども。今こそ東北に住んでいる人たちにがんばって欲しいな、と。
──先ほど別の会見で、寛平さんがお2人と話したと言っていたが、どんな話を?
伊達:師匠はですね、「地震当日は東北がこんなことになってるとわからんかったわ」と。わかってすぐ僕ら電話いただいたんですけど。「大丈夫か? どんな状況や?」と。「いいカッコするわけじゃないけど、お前らのために俺はなんでもするから、いつでも何でも言ってくれ」と、師匠はすごく言ってくれましたね。
──寛平さんは「走って東北を復興させたい」と言っていて、「サンドウィッチマンと一緒に走りますか?」と聞いたら「伊達が走ったら行く」と言っていました。
伊達:そうですね。いろんなことを考えていかなきゃいけないですね。
──現地で被災されている方は、何を一番必要としていると思いますか?
伊達:まずは情報。あと救援物資が足りないところがものすごく多いですね。テレビカメラが入っている避難所は比較的まだ大丈夫な避難所なんです。もうカメラが入れないところがすごく多い。そこには救援物資がまったく届いてなかったりとか。今日、僕に石巻の友達からメール来たんですけれども、1日イチゴ1個しか食べられない。それくらいしか回ってこない。リンゴも8分の1個。それで1日過ごしている。ATMを壊して現金を奪っていく奴もいる。すごい状況らしいですね。
──津波に巻き込まれていく人を見る気持ちというのは?
伊達:現実なんだろうか、という気持ちですね。
唖然とする。何もしてやれない。もちろん下に降りていって救いたかったですけれども、それもできない。本当に無力さというか。見てられない状況。
富澤:ただ逃げて欲しいというのがあって……。受け容れることが難しい。
──山の上に避難されていたときに、同じく避難していた人とは、なにか話は?
伊達:自分の家が流されている人たちなんですよ。そういう人たちとは、話というか、もうまわりでは誰々がどこに行ったとか、逃げたとか、そういう話をしていましたね。こんなのありえない、考えられない、っていう、唖然と見ているだけ。そんなにペチャクチャ喋っている人は誰もいなかったです。
──今、現地の情報はなにか入ってきていますか?
伊達:松島に住んでいる友達から今日「何回も電話したけど初めてつながった」というので連絡来ました。日本三景で有名な松島は「松島湾」なんで、いろんな小さい島があるんですけど、その島が奇跡的に津波の勢いをちょっと弱めたらしいです。松島に行ったことがある方はわかると思うんですけど、海のまわりにお土産屋さんがすごくいっぱいあって、そのお土産屋さんは完全に崩壊してはいない、と。「床上までは浸水しているけど、なんとか耐えている」と。そいつは松島役場で働いている奴なんですけど、そう言っていました。「家は相当水に浸かっている、もう住める場所じゃないけれど、俺や家族は無事だ」と。
──原発について何かコメントは?
伊達:「30km圏内の方は外に出てくれ」と報道されていますが、逃げられる状態じゃない人のほうが多いです。「濡れタオルを口にあてて逃げてくれ」と言われるが、水が出てないのにどうやって濡れタオル作るんですか、ということなんです。被災地のことをなにもわかっていない専門家の人とか。もちろん詳しい方なんでしょうけど。被災地の方は逃げられないんですよ。お年寄りもいっぱいいますし。
富澤:どこに逃げたらいいかわからないです。その情報を教えて欲しい。
伊達:で、その逃げなくちゃいけない人というのは、テレビが見られませんし。まだ電気が通っていない。
──被災者にメッセージを。
伊達:世界中、日本中の方が助けに来てくれていますし、僕らからは「とにかく耐えてくれ、大丈夫だから」って言いたいですね。「みんなが助けてくれるから。だから今は耐えてくれ」と。
──東京に来たのは「東京でやれることがあるんじゃないか」ということでしょうか?
伊達:もちろんですね。
僕らは実際に被災しましたし、惨状を見ましたし。そんな中、僕らはテレビや新聞で伝えられる。僕らができることなんじゃないかと。伝わらない情報というのはすごく多いんですね。そこは僕らが伝えなくちゃいけない。停電でなにもできない家族を置いて来ました。
──富澤さんはブログで「東北は負けねーぞ!」と書かれてます。非常に心に残る言葉ですが、その想いは?
富澤:すごく気持ち的にも、下ばっかり見ていたらいけなくて、前に進まなきゃいけないと思って、そういうことを書きました。
──募金などの行動を起こそうと思ったのは、どういった気持ちから?
伊達:テレビで見る情報だけじゃない、というのを僕らはすごく伝えたい。あと、僕らにいちばん出来るのは募金を集めることしかない。義援金を集めようと。僕らは直接ちゃんと宮城県知事に持って行きますし、東北地方全域で使ってくれと、ちゃんと言います。
富澤:気仙沼にはたまたまいたのかも知れないんですけど、こうやって生きて帰って来られて、こうやって喋ってる、というのは偶然じゃない、っていう気持ちで。なにか伝えなきゃいけないから生きてるのかな、という気持ちがあります。
伊達:僕らの使命です。
──各所から既に募金が集まっていることについては?
伊達:すごくありがたいことですし、地元の人間としてもすごく感謝しています。
富澤:ありがたいです。今はいろいろとみんなが文句を言っていたりしますけど、「ありがとうございます」という言葉がすごく今は大事なんじゃないかな、と思います。
──テレビや新聞を通していちばん訴えたいことは?
伊達:とにかく安否確認をして欲しいな、と。今は本当に異常な事態。やっぱり自分が避難所にいたときに「僕は無事だよ」っていうのを誰かに伝えたいけれど、伝えることができない。東京でもそうですけれども、関東、関西、九州、全部の人たちが、東北にいっぱい知り合いや友達がいると思うんですよ。その人の安否をいちばん知りたいはずなんです。避難所の人たちの顔をいっぱい映して欲しい。それは昨日、日テレの「DON!」に出たときに言わせてもらったんですけど。各局で同じ情報を流している場合じゃない。それはすごく強く思ったので今回言いましたけど。テレビを見ていると電話回線が入ったりとか、そういう情報もありますけど、それはほんのごく一部で、安否がわからない人がすごく多いですね。まだ何万人の人がわからない。
それをテレビは伝えて欲しい。
富澤:メディアの力って本当にものすごいと思う。こういうときこそ協力して体制を作って行動して欲しい。もちろん皆さん、がんばっているんでしょうけど。
伊達:民放が手を組んで、たとえば「この局は安否確認の局」、「この局は原発の局」、バラエティでも野球でも、娯楽でもいいです。そういうふうに役割を決めてやるような事態なんです。
──被災地の方が元気になるようなメッセージを。
伊達:世界中、日本中からすごく頼りになる人達が駆けつけて、一生懸命寝ないで作業してくれています。だから大丈夫です。今孤立している人とか、孤立している人はこのテレビ見られないでしょうけど、助かりますし、今に救援物資も届きますし、また笑い合える日が必ず来ると思うんで。
富澤:本当に僕らにはこんなことしかできなくて、非常に申し訳なく思います。でも、必ずまた笑いを届けられると思うんで、今はがんばってください。僕らもがんばります。
──次に仙台に戻るのはいつ?
伊達:いつでも戻れる状態でいます。まだ予定はないですけど。戻る手段が今すごく大事になってくると思うんで。東北新幹線がしばらく復旧できないでしょうから。いつでも戻る準備をしています。
──義援金で集まったお金で「いちばんこれを用意して欲しいな」と思うものは?
伊達:現地の人達がいちばん必要としているものを用意して欲しいなと思います。ただ僕らは東京に戻ってきちゃっているので、今なにが欲しいかというのは毎日違うと思うんです。避難場所によっても、あるもの、ないものというのが違う。僕らが気仙沼で感じたのは、とにかく情報が足りない。ラジオもテレビもなかったですし、携帯の充電器も足りない。食べ物や飲み物はもちろん、洋服だったり、赤ちゃんの粉ミルクもお湯も全部なかった。そういったものに使ってもらえれば嬉しいです。
──現地からどうやって戻りました?
伊達:車です。会社が車で迎えに来てくれました。何十時間もかけて。
──あらためて地震のときは、どんなことを考えていました?
伊達:津波というのがまったくわからず、見たこともなかった。今までの地震でも10cmの津波が来ましたとか、そういう報道がよくありますけど、たいしたことないって正直思ってた。みんなたぶんそう思ってると思う。「10cm海面が上がったくらいでなんでもないだろう」と。でも聞くと、20cmの津波で人は踏ん張れないらしいです。
流されるらしいです。それを考えると6メートル以上の津波というのは、そんなの誰も考えていない。僕らももちろんこんな津波が来ると思って山に逃げたわけじゃないですし、「山に逃げる必要ないんじゃないかな」とちょっと思ったくらいなんで。
──助からないと思った瞬間は?
伊達:僕らは山の上だったんで、そのときは山に逃げて本当によかったな、と。
富澤:あと火災もありましたんで、もしかしたら火がこちらに来る可能性もあるな、と。
伊達:火のまわり方がとんでもなく速かったです。風向きの方向に火がまわるんで、もしこっちに風向きが変わったら、山が燃えてましたし。
──誰のことを思っていましたか?
伊達:やっぱり家族のことですね。
富澤:一緒ですね。
──奥さんとはどんなお話を?
伊達:地震直後はカミさんと電話ができたんですね。「東京が揺れた」と。大丈夫だと話を聞いて、そこでいったん僕は安心したんですけれども、そのあと僕が連絡取れなかったものですから。そのあと津波が来て、その津波の情報が東京には入っても、僕らにはわからないですし。「“無事だよ”という連絡をしたい」と強く思いました。
富澤:もう、向こうが先に泣いてたんで「大丈夫だよ」と。
──お2人がいちばん願うことは?
伊達:早く復興して欲しいですね。あとすごく余震が多いんで気をつけて欲しい。東京ももちろん揺れますし、こんな状況は今までにないですし、1000年に1 度と言われていて。今夜だってでっかい地震が来るかも知れないですし、常に警戒して欲しいですね。何が起きるかわからない。
──義援金は、お2人からは?
伊達:まだ「いくら出す」という話は考えていないですが、だいたい事務所と僕らで、1000万円くらいはいこうかなと。それは当たり前です。
なお、義援金口座は、三菱東京UFJ銀行 目黒支店 普通 0133179「東北魂義援金(トウホクダマシイギエンキン)」。チャリティライブは4月9日(土)に2公演が開催される。会場や時間、出演者などの詳細は、2人の所属事務所グレープカンパニーのオフィシャルサイトなどで今後発表される予定だ。
本日3月16日、東日本大震災を受けてサンドウィッチマンが都内で会見を開き、義援金口座の開設とチャリティライブの開催決定を発表した。
以下に、会見での一問一答を全文掲載する。
サンドウィッチマン一問一答
伊達:僕らは東北放送という仙台のテレビ局の番組のロケ中だったんですけれども、スタッフの指示が的確だったため山のほうへ逃げまして、そのおかげで奇跡的に助かったと思っております。僕らの地元がこんなことになっておりまして、諸先輩方、(島田)紳助さんはじめ、(笑福亭)鶴瓶師匠、(間)寛平師匠、京本政樹さんとか渡辺徹さんとか、いろんな芸人の僕らの先輩方が「お前ら先頭切ってアクション起こせ」ということで、今回こうやって義援金をみなさんにご協力いただこうと、会見させていただきました。
──どのあたりの海岸で、どのあたりに逃げたのですか?
伊達:気仙沼湾です。ロケが終わってロケバスに乗り込もうとしたところで、でっかい地震がありました。立っていられない状況で、水の上に立っているような状況でした。でっかい地震は何度か経験してますけど、あんな地震は初めて。2分くらいその状況が続いて、そのあと建物からいっぱい人が出てきてガラスが割れる音がして、悲鳴がいっぱい聞こえて、気仙沼市のサイレンが鳴りまして。「津波の恐れがあるから、ただちに高台に逃げてください」と。それで僕らも慌てて逃げたんですけど、僕らは助かった。僕らはその地震の3分くらい前にはお土産屋さんとかにいて、そこには車椅子の人やお年寄りもいました。その人達がちゃんと逃げていればいいなって、ずっと今でも思ってます。
──高台ですか?
富澤:安波山という山です。
伊達:200メートルちょっとの山の、五合目まで車で逃げました。その時点で気仙沼の人は安波山に逃げるというのがある程度頭にはあったのでしょうけど、渋滞してたんで、山に着いたのは約15分後。
──津波の速さは?
伊達:僕らは山の上から見ることしかできなかったんですけども、全部見てます。海の向こう側に白い波が見えまして「あれはなんなんだ」と。50人くらい山の上にいたんですけど、みなさん津波なんて見たことありませんから。
富澤:水平線の上に、白い壁みたいな波が見えて。
伊達:もしかしたらあれが津波なんじゃないかと。ずっと見てたらだんだん近づいてきまして。オイルタンクをまず倒して、そのまま陸の方に近づいていって。陸に波が来てから、波の速さというのがものすごく速くて。
あっという間に民家を倒して、船が陸に乗りあげて。すごい光景を目の当たりにしました。
──まだ高台の下に人はいました?
伊達:いましたいました。
──その人達は飲み込まれた?
伊達:そういうことですね。僕はそう思いました。
──どのくらいの人数が?
伊達:砂煙がとにかくすごいんですね。瓦礫の煙というか。まずそれにビックリするんですね。「なんだこの煙は」と。なので、車とかで逃げようとしてる人とかいましたけど、あんなでっかい津波が来るとは思わないですから、いくら津波のことを常に頭に置いている沿岸の人でも、そこまでの津波が来るとは思わない。ちょっと僕らは「これが現実なのかどうか」ってわからなくなるくらいの状況でした。
──時間はどのくらい?
伊達:山の上についてから約10分。遠くからの波が、ゆっくりな感じで見えるんですけど、実はそのスピードってものすごく速くて。陸に上がってからのスピードはものすごく感じましたね。
──高台の上に人は?
伊達:いました。車も多くて、だいたい100人から150人くらいは集まってました。
──義援金を集めることにした経緯は?
伊達:もちろん僕らの地元というのもありますし、たまたま気仙沼でロケをしていて、そういう光景を見まして、毛布一枚で夜を明かしましたし、すごく近くにいたんですね。なので、僕らはこうして無事でいますけど、なにかできることはないのかなって考えたときに、今は募金しかないと思うんです。「笑いを届ける」とか、したいんですけども、それはまだ今は違うかな、と。
──チャリティライブについて。
伊達:それも今は、まだ日にちが決まったというだけの段階なんですけど。
富澤:場所とかメンバーは確定してないです。
伊達:僕らの仕事というのは芸人なんで。ネタやって、それを見てもらって、義援金をいただいて、それを送り届ける、という手段は僕らにしかできないですから。
──日にちは?
伊達:4月9日です。
──会場は?
伊達:まだ決まっていないです。
──お2人以外に出演者は?
伊達:一応声かけしてるのは、気仙沼出身のマギー審司さんはじめ、狩野英孝など、僕らの呼びかけで集まってくれる人にお願いします。マギーさんからは「ぜひやりましょう」と言ってもらっています。
──お笑い芸人以外には?
伊達:まだ本格的に僕らもそっちに動くことはできないので。呼びかけしてる段階なので。歌手が誰が来るとかはわからない。言えば何人か来てくれるはずです。
──チャリティライブのきっかけは?
伊達:僕らにできることは、ライブで人を集めること。その人たちから協力してもらう。僕らのできる道っていうのはライブなのかな、って思ったんです。
──お2人の仙台市内の実家はどんな状況ですか?
伊達:実家にも我々行きましたけれども、ライフラインはすべてストップ。今は復旧しているみたいですけど、当時はロウソク1本で家族で暮らしてました。ただ、沿岸ではなく中心部なので。僕らは津波の被害を見ているので、比較的そのへんは安心しました。
──屋根が潰れたりなどの被害は?
伊達:瓦が庭に散乱してたり、というのはあります。
──友人や知人に犠牲になった人は?
伊達:犠牲になってるかどうかはまだわからないですけど、連絡がつかない。無事だと思います。そういうふうに思いたいです。
──どのくらいの時間、避難していましたか?
伊達:登ってきた道が通行止めになったものですから、降りることができなかったんです。しばらく真っ暗な中。で、スタッフが車が通れる道を歩いてずっと探してくれまして。本当にすごく細い山の道、車一台やっと通れるような道を地元の人に「そこだったら通れるよ」と教えてもらって。
──暗闇になってからの心境は?
伊達:怖かったですね。真っ暗な中で津波の波が見えない状況で。常に揺れてますし。5分おきに余震が震度4とか5とか来てましたし。「津波が来るんじゃないかな」と思っても津波が見えない。ただ、燃えてたんですね、街が。だから、オレンジ色がすごく見えるんですね。真っ暗じゃないといえば真っ暗じゃない。ただ黒煙がすごくて。街の状況を見渡せる状況ではなかった。
──仙台を離れて東京に戻るときの気持ちは?
伊達:僕は仕事を全部すっ飛ばして、仙台に残ってボランティアしたかった。東京に戻っていいのかな、とすごく思いました。
──どんな会場でライブをやりたい?
伊達:できるところだったら、どこでもいいです。
──地震に遭ったその瞬間はロケ中だったんですか?
伊達:カメラはもう回っていませんでした。ロケが終わってロケバスに向かって歩いているところでの地震で、駐車場にいました。
──地震の予兆は?
伊達:なかったですね。僕は1時間前に気仙沼の祝崎というところでロケをやってまして、そこの写真をブログにあげてるんですけど。すごくきれいな水平線で、今はそこがどうなってるのかわからないんですけど、そんな大震災になる予兆ってのはなかったです。
──避難した山の上からロケ現場は見えた?
伊達:さっきまでいた駐車場は見えました。
──津波が来ないままそこにずっといたら、津波にお2人は飲み込まれていた?
伊達:もう間違いなく。だから僕らは、奇跡なんですよね。スタッフの指示がすごく的確だった。僕らは気仙沼のことをそんなに詳しくは知らないですから。街中のほうに逃げた人とか、ビルの2階に逃げた人もいっぱいいますし。僕らがそっちに逃げていたら、そうですね。
──地震のあと、お2人はブログをすぐ更新されました。ファンからのコメントなどは大きな支えになりますか?
伊達:僕らにももちろん支えになりますし、コメントを見ている被災者の方もいっぱいいますし。僕らのブログに寄せられているコメントには、今いちばんみなさんに読んでいただきたいことが書かれています。救助要請も書かれていますし。僕ら気仙沼でそうだったんですけど、通話もできない、メールもできない、ただブログのサイトには行ける、という状況だったんです。だからブログで僕らは無事を知らせましたし。今被災地で孤立している人たち、通話もできない、メールもできない人でも、ブログは載せられる、という人も中にはすごくいると思うんです。もしかしたら僕らのブログのコメントが救助要請の中でいちばん速いのかも知れないです。そこを見ていただけたら。
──富澤さんがブログで街中が燃えている様子を動画でいち早く中継されていました。その場にいない人たちにいち早く気づいてもらう、という考えもありましたか?
伊達:気仙沼は情報がシャットアウトされているわけで、いちばんひどいのが気仙沼だってしばらく思っていました。ただ気仙沼と同じ状態の街がいっぱいあったんで、それはすごくビックリしました。それよりひどいところもありましたし。
富澤:東北放送の人が、撮影はできてるんですけど、素材を届ける術がなかったので、まずはブログをアップして、という感じでした。
──芸能界の先輩から「アクションを起こせ」と言われたそうですが、具体的には?
伊達:紳助さんからは「お前らが動かないとダメだ。お前らが動いたら協力する人いっぱいいるから、そしたら俺らは何でもするよ」と。昨日アッコさん(和田アキ子)からも電話いただきまして「行くときは私も行くし」と、すごく心強いことを言ってもらえました。小朝師匠からも「落語家いっぱい集めてチャリティライブやるから、サンドウィッチマン出てくれ」と。
僕からも「わかりました」と。それは日にちはまだわからないですけど。とにかくたくさんの人から、連絡先がわかる人からは全員いただきました。
──富澤さんのほうには?
富澤:僕のほうにもアッコさんから泣きながら電話が来て「何したらいいかわからんから教えてくれ」というのもありましたし、「もし行けというのなら私も行くし」と。あとスキマスイッチの(常田)真太郎っていうのも友達なんですけど、「いま自分にできることはたぶん歌うことしかないんで。YouTubeにアップするから」というのもありました。
──アッコさんは泣きながら?
富澤:「見ていて辛い」と。
──伊達さんの着ている「東北魂」というTシャツには、どんなメッセージが?
伊達:このTシャツは僕らの単独ライブで作ったTシャツなんです。今年単独ライブをやりまして、そのグッズなんです。僕がすごく好きな言葉なんですけれども。東北楽天イーグルスもこの言葉を掲げて野球をやっているんですけれども。今こそ東北に住んでいる人たちにがんばって欲しいな、と。
──先ほど別の会見で、寛平さんがお2人と話したと言っていたが、どんな話を?
伊達:師匠はですね、「地震当日は東北がこんなことになってるとわからんかったわ」と。わかってすぐ僕ら電話いただいたんですけど。「大丈夫か? どんな状況や?」と。「いいカッコするわけじゃないけど、お前らのために俺はなんでもするから、いつでも何でも言ってくれ」と、師匠はすごく言ってくれましたね。
──寛平さんは「走って東北を復興させたい」と言っていて、「サンドウィッチマンと一緒に走りますか?」と聞いたら「伊達が走ったら行く」と言っていました。
伊達:そうですね。いろんなことを考えていかなきゃいけないですね。
──現地で被災されている方は、何を一番必要としていると思いますか?
伊達:まずは情報。あと救援物資が足りないところがものすごく多いですね。テレビカメラが入っている避難所は比較的まだ大丈夫な避難所なんです。もうカメラが入れないところがすごく多い。そこには救援物資がまったく届いてなかったりとか。今日、僕に石巻の友達からメール来たんですけれども、1日イチゴ1個しか食べられない。それくらいしか回ってこない。リンゴも8分の1個。それで1日過ごしている。ATMを壊して現金を奪っていく奴もいる。すごい状況らしいですね。
──津波に巻き込まれていく人を見る気持ちというのは?
伊達:現実なんだろうか、という気持ちですね。
唖然とする。何もしてやれない。もちろん下に降りていって救いたかったですけれども、それもできない。本当に無力さというか。見てられない状況。
富澤:ただ逃げて欲しいというのがあって……。受け容れることが難しい。
──山の上に避難されていたときに、同じく避難していた人とは、なにか話は?
伊達:自分の家が流されている人たちなんですよ。そういう人たちとは、話というか、もうまわりでは誰々がどこに行ったとか、逃げたとか、そういう話をしていましたね。こんなのありえない、考えられない、っていう、唖然と見ているだけ。そんなにペチャクチャ喋っている人は誰もいなかったです。
──今、現地の情報はなにか入ってきていますか?
伊達:松島に住んでいる友達から今日「何回も電話したけど初めてつながった」というので連絡来ました。日本三景で有名な松島は「松島湾」なんで、いろんな小さい島があるんですけど、その島が奇跡的に津波の勢いをちょっと弱めたらしいです。松島に行ったことがある方はわかると思うんですけど、海のまわりにお土産屋さんがすごくいっぱいあって、そのお土産屋さんは完全に崩壊してはいない、と。「床上までは浸水しているけど、なんとか耐えている」と。そいつは松島役場で働いている奴なんですけど、そう言っていました。「家は相当水に浸かっている、もう住める場所じゃないけれど、俺や家族は無事だ」と。
──原発について何かコメントは?
伊達:「30km圏内の方は外に出てくれ」と報道されていますが、逃げられる状態じゃない人のほうが多いです。「濡れタオルを口にあてて逃げてくれ」と言われるが、水が出てないのにどうやって濡れタオル作るんですか、ということなんです。被災地のことをなにもわかっていない専門家の人とか。もちろん詳しい方なんでしょうけど。被災地の方は逃げられないんですよ。お年寄りもいっぱいいますし。
富澤:どこに逃げたらいいかわからないです。その情報を教えて欲しい。
伊達:で、その逃げなくちゃいけない人というのは、テレビが見られませんし。まだ電気が通っていない。
──被災者にメッセージを。
伊達:世界中、日本中の方が助けに来てくれていますし、僕らからは「とにかく耐えてくれ、大丈夫だから」って言いたいですね。「みんなが助けてくれるから。だから今は耐えてくれ」と。
──東京に来たのは「東京でやれることがあるんじゃないか」ということでしょうか?
伊達:もちろんですね。
僕らは実際に被災しましたし、惨状を見ましたし。そんな中、僕らはテレビや新聞で伝えられる。僕らができることなんじゃないかと。伝わらない情報というのはすごく多いんですね。そこは僕らが伝えなくちゃいけない。停電でなにもできない家族を置いて来ました。
──富澤さんはブログで「東北は負けねーぞ!」と書かれてます。非常に心に残る言葉ですが、その想いは?
富澤:すごく気持ち的にも、下ばっかり見ていたらいけなくて、前に進まなきゃいけないと思って、そういうことを書きました。
──募金などの行動を起こそうと思ったのは、どういった気持ちから?
伊達:テレビで見る情報だけじゃない、というのを僕らはすごく伝えたい。あと、僕らにいちばん出来るのは募金を集めることしかない。義援金を集めようと。僕らは直接ちゃんと宮城県知事に持って行きますし、東北地方全域で使ってくれと、ちゃんと言います。
富澤:気仙沼にはたまたまいたのかも知れないんですけど、こうやって生きて帰って来られて、こうやって喋ってる、というのは偶然じゃない、っていう気持ちで。なにか伝えなきゃいけないから生きてるのかな、という気持ちがあります。
伊達:僕らの使命です。
──各所から既に募金が集まっていることについては?
伊達:すごくありがたいことですし、地元の人間としてもすごく感謝しています。
富澤:ありがたいです。今はいろいろとみんなが文句を言っていたりしますけど、「ありがとうございます」という言葉がすごく今は大事なんじゃないかな、と思います。
──テレビや新聞を通していちばん訴えたいことは?
伊達:とにかく安否確認をして欲しいな、と。今は本当に異常な事態。やっぱり自分が避難所にいたときに「僕は無事だよ」っていうのを誰かに伝えたいけれど、伝えることができない。東京でもそうですけれども、関東、関西、九州、全部の人たちが、東北にいっぱい知り合いや友達がいると思うんですよ。その人の安否をいちばん知りたいはずなんです。避難所の人たちの顔をいっぱい映して欲しい。それは昨日、日テレの「DON!」に出たときに言わせてもらったんですけど。各局で同じ情報を流している場合じゃない。それはすごく強く思ったので今回言いましたけど。テレビを見ていると電話回線が入ったりとか、そういう情報もありますけど、それはほんのごく一部で、安否がわからない人がすごく多いですね。まだ何万人の人がわからない。
それをテレビは伝えて欲しい。
富澤:メディアの力って本当にものすごいと思う。こういうときこそ協力して体制を作って行動して欲しい。もちろん皆さん、がんばっているんでしょうけど。
伊達:民放が手を組んで、たとえば「この局は安否確認の局」、「この局は原発の局」、バラエティでも野球でも、娯楽でもいいです。そういうふうに役割を決めてやるような事態なんです。
──被災地の方が元気になるようなメッセージを。
伊達:世界中、日本中からすごく頼りになる人達が駆けつけて、一生懸命寝ないで作業してくれています。だから大丈夫です。今孤立している人とか、孤立している人はこのテレビ見られないでしょうけど、助かりますし、今に救援物資も届きますし、また笑い合える日が必ず来ると思うんで。
富澤:本当に僕らにはこんなことしかできなくて、非常に申し訳なく思います。でも、必ずまた笑いを届けられると思うんで、今はがんばってください。僕らもがんばります。
──次に仙台に戻るのはいつ?
伊達:いつでも戻れる状態でいます。まだ予定はないですけど。戻る手段が今すごく大事になってくると思うんで。東北新幹線がしばらく復旧できないでしょうから。いつでも戻る準備をしています。
──義援金で集まったお金で「いちばんこれを用意して欲しいな」と思うものは?
伊達:現地の人達がいちばん必要としているものを用意して欲しいなと思います。ただ僕らは東京に戻ってきちゃっているので、今なにが欲しいかというのは毎日違うと思うんです。避難場所によっても、あるもの、ないものというのが違う。僕らが気仙沼で感じたのは、とにかく情報が足りない。ラジオもテレビもなかったですし、携帯の充電器も足りない。食べ物や飲み物はもちろん、洋服だったり、赤ちゃんの粉ミルクもお湯も全部なかった。そういったものに使ってもらえれば嬉しいです。
──現地からどうやって戻りました?
伊達:車です。会社が車で迎えに来てくれました。何十時間もかけて。
──あらためて地震のときは、どんなことを考えていました?
伊達:津波というのがまったくわからず、見たこともなかった。今までの地震でも10cmの津波が来ましたとか、そういう報道がよくありますけど、たいしたことないって正直思ってた。みんなたぶんそう思ってると思う。「10cm海面が上がったくらいでなんでもないだろう」と。でも聞くと、20cmの津波で人は踏ん張れないらしいです。
流されるらしいです。それを考えると6メートル以上の津波というのは、そんなの誰も考えていない。僕らももちろんこんな津波が来ると思って山に逃げたわけじゃないですし、「山に逃げる必要ないんじゃないかな」とちょっと思ったくらいなんで。
──助からないと思った瞬間は?
伊達:僕らは山の上だったんで、そのときは山に逃げて本当によかったな、と。
富澤:あと火災もありましたんで、もしかしたら火がこちらに来る可能性もあるな、と。
伊達:火のまわり方がとんでもなく速かったです。風向きの方向に火がまわるんで、もしこっちに風向きが変わったら、山が燃えてましたし。
──誰のことを思っていましたか?
伊達:やっぱり家族のことですね。
富澤:一緒ですね。
──奥さんとはどんなお話を?
伊達:地震直後はカミさんと電話ができたんですね。「東京が揺れた」と。大丈夫だと話を聞いて、そこでいったん僕は安心したんですけれども、そのあと僕が連絡取れなかったものですから。そのあと津波が来て、その津波の情報が東京には入っても、僕らにはわからないですし。「“無事だよ”という連絡をしたい」と強く思いました。
富澤:もう、向こうが先に泣いてたんで「大丈夫だよ」と。
──お2人がいちばん願うことは?
伊達:早く復興して欲しいですね。あとすごく余震が多いんで気をつけて欲しい。東京ももちろん揺れますし、こんな状況は今までにないですし、1000年に1 度と言われていて。今夜だってでっかい地震が来るかも知れないですし、常に警戒して欲しいですね。何が起きるかわからない。
──義援金は、お2人からは?
伊達:まだ「いくら出す」という話は考えていないですが、だいたい事務所と僕らで、1000万円くらいはいこうかなと。それは当たり前です。
なお、義援金口座は、三菱東京UFJ銀行 目黒支店 普通 0133179「東北魂義援金(トウホクダマシイギエンキン)」。チャリティライブは4月9日(土)に2公演が開催される。会場や時間、出演者などの詳細は、2人の所属事務所グレープカンパニーのオフィシャルサイトなどで今後発表される予定だ。
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